グリーンハンド通信

教育安全推進部 部長 上杉 超治 

GH通信4月

人間として生まれた、一生の努めでは・・・


 先日、母親が身近な人に心を支配され、息子を餓死させてしまったという痛ましい事件があった。その母親を心底心配するふりをして「私は良い人」を演じて信じ込ませ、心も金も支配してしまったという、悲しく、あさましい事件だ。
 以前、私は勉強会で「善の善」「悪の善」「善の悪」「悪の悪」ということを学んだ。

人間の外見と中身、行いの話しである。
 ここ数年では「私は良い人」や「悪いのは私じゃない」症候群が増えているらしい。

コロナ禍においては「自粛警察」と称して、過剰に相手を攻撃する者まで現れた。

また、一面的な部分を取り上げ攻撃し、同調を求め、目障りなものは排除するというような風潮は、身近な所に存在する。
 それぞれの立場で正義があるのだと思うが、どこかズレているように思う。

「善100%、悪0%」また、その逆のこともないはずだ。その間を行き来しているのが人間ではないだろうか。

狡(ずる)さやあざとさ、醜(みにく)さなど負の部分を、誰もが心の中に持っている。

持ていること自体は悪くはない。

但し、自分の中にある悪を認め、小さくすること、その一方で心を磨き、人の役に立つ努力をするなど善を大きくすることが、人間として生まれた、一生の努めではないだろうか。


HOME 前に戻る