和 合 塾 で 学 ぼ う

11月和合塾定例会
11月5日 名古屋市中小企業会館

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第35回全国トラックドライバーコンテストに出場して

犬山支店 O K

 県大会で優勝し初の全国大会出場を決めた時は、この場で「やったぁ〜」と叫んだが、今度は「やっちゃった」という感じ。点検競技、学科とも順調に終え緊張はしていないつもりだったが、運転競技最後のホーム着けで(トレーラーの)ハンドルをどちらに切っているのかわからなくなり、タイムオーバーとなってしまった。
 支店で有志による壮行会を開いてくれ、他支店も含め多くの方に応援していただき嬉しかった。期待に応えることができず申し訳ない。
 しかし、全国大会の雰囲気とレベルを知り、毎日コツコツ努力をすれば十分戦えることを実感した。コンテストのために特別なことをするのではなく、日常の業務の延長線上で勝負できるよう、自分に負けず腕を磨き来年またチャレンジしたい。


 物事を知り意識し実践することの大切さ

Kグループ 岡崎支店 K T

 以前の私はいわゆる『 ロボット人間 』だった。感情がなく、言われたことしかやらない。少しさみしいが、のらりくらりと生きてゆくのも楽だった。そんな私が最近少しずつ人間に近づいていると感じる。
 昨年、重大事故を起こし大変な迷惑をかけてしまった私にもやり直すチャンスをいただけ、学び成長できる場がいっぱいある大宝に感謝している。

事故の後、鬼頭本部長から指導を受け社員手帳を読みなさいと言われた。後から分かったのは、会社のことを知らないと好きになれず、それでは会社に来るのも楽しくない。仲間どころか自分も大切にできず、ズレたことを行ない、結果としてみんなの足を引っぱってしまう。
 社員手帳に書いてあることだけでなく、社内報や朝礼メニュー、掲示板も大切な情報源。それを大切と思えず聞き流してしまうことが多い。私のように事故を起こした後で気づき悔やんでも仕方ない。人から指摘を受けたら、どんなことも初めからはねつけず素直に聞いてみることが必要だ。
 今は会社でいかに楽しく仕事ができるかを考え実践している。イヤイヤではギリギリ出社や遅刻が多くなり、危険な上に周りにも迷惑をかける。自分が楽しいと自然に声が明るくなり笑顔になる。人にも商品にもやさしくなれる。
 もの事を知り、意識し実践することの大切さを教えてくださったのは谷川係長や井潟係長。いただいてばかりでなく、人に与えることのできる人間になりたい。人と人とのつながりに感謝し、自分にできること役立てることを探している。一日一日、目標を持ち身につくよう考え実施してゆく。


伊藤塾長のまとめ

 神谷さんの話を聞いてびっくりしました。論理的にあれだけの話ができるというのはすごい進歩です。自分でも言っていたように、これから身につけていってください。
 メッセージに書いてあるのは当たり前のことなのですが、この当たり前のことが分かる。当たり前のことができるというのが非常にむずかしいのです。それは人間誰もが弱さを持っているからです。以前にもお話しましたが、人間は強欲で阿呆で小心なのです。
 ある程度修行をしないと自覚できませんが、私たちの中には強欲さがいっぱいつまっており、自己成長の大きな阻害要因となっています。自分の強欲さにどれだけ気づきコントロールできるかが重要です。強欲さを圧縮したすき間に新しい知識や新しい刺激が入ってきて、それをもとに考え意識し実践するから成長していくのです。私はみなさんにそうあって欲しいと考え、勉強会などを通じて考える材料を提供しているのです。ところがそれをもとに考え実践に活かしていく人はわずかです。
 みなさんは自分で贈ったものを相手が目の前で捨てたとしたらどう思いますか。心が傷つき腹を立てたりすると思うのですが、自分はどうですか。提供された材料を何も活かさず無碍(むげ)にすること程、私に対する無礼はありません。それでいてかわいがってくださいというのは都合のいい話なのです。まんじゅうをもらったら喜んで食べ、人生を決定する材料を平気で捨てている自分を反省し、本気で学んでください。
 犬山支店の大澤浩一さんは、社内で最も優れたドライバーの一人です。

器用さもあり、これまで何をやっても無難にこなしてきましたが、今回未体験のことに挑戦し、初めて真剣勝負を行いました。だからこそ十何年も毎日運転しているトレーラーでバックする時に、どちらにハンドルを切ったらいいのか分らなくなってしまったのです。それを体験できたことが大澤さんにとって一番の財産です。

 人間は不安や恐怖を感じると、脳幹からアドレナリンが分泌されます。それが出過ぎると、知識(大脳)と技術(小脳)を超越し、日常出来ていることができなくなります。
 幕末、明治初期の剣客山岡鉄舟が「剣禅一致」と言っています。剣の修行を積むと同時に、真剣勝負の場面でも平常心で日常の技術が十分発揮できるように心(精神)を練るという意味です。真剣勝負で勝つために技術的に納得できるまで鍛え上げ、心の中の欲や馬鹿さかげんや恐怖をコントロールできるよう、心の修行をしていきましょう。