今回の「阿呆な自分と向かい合い、心から笑い合える仲間をつくる」は、人間にとって最も難しいテーマです。
他人が死ぬことは知っていても、自分が死ぬということが分からないことが人間の最大の強欲さです。だからこそ「そのうち」と言いながら、人生を真面目に考えることなく食べていくためにだけに時間を費やします。それでは獣と同じです。
「老少不定」とは死に年齢は関係ないということです。能力も同じです。年齢を重ねればもの事が分かるわけではありません。「自分の命が有言である」と考え、今が大事だと分かった人は、どんな事でも一生懸命になります。もの事が分からないと自分の阿呆さに気づくことも出来ません。「私は阿呆ですから」と言いながら学ばない人は単なる格好づけです。自分が知っていること、分かることがほんのわずかだと気づき、人間として成長したいと思うから、本気で学び始めるのです。
犬や猫も嬉しそうな表情をすることはありますが、心から笑うことが出来るのは人間だけです。また、笑いはその人の人間としてのレベルやその時の精神状態を表します。マイナスのことをした後でニタッとするのは防御の笑いです。
このままの状態が続くと日本の財政は破綻すると、政府自身が明言するほど私たちを取り巻く環境は変化しています。この先ボーッとしていて良くなることはありません。
その中で大宝の売上や利益を上げていくのは至難の業です。私たち自身が智恵を絞り、より安全性を高め、汗を流していかなければ、辛くて暗い人生を歩むことになります。
この世に「楽して楽しいこと」はありません。他者からの刺激を受け入れていくこと、自分を掘り下げ変化させていくことは痛みを伴い、時間もかかりますが、自分の人生を面白くしていく力を身につけるために、今という時間を大切にし、お互いに一生懸命努力していきましょう。
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